金曜日

Derrida さんの講義は終了。なぜか参加者が減っていたが、間違いなく名講義だった。(クリスとはまた違う趣である。)講義技術として学ぶべき点もたくさんあったし、講義の内容として学んだことも多い。今日の後半、最後の50分はこれからの問題として色々なことをいっていた。面白い問題だらけだと思う。解くのが好きな人、計算するのが好きな人、数値実験が好きな人、それぞれにとっかかりがあった。

そのうちのひとつは、7月にDresden でThierry (Bodineu) から聞いて妄想がふくらんで、研究室でも2,3人?に喋った話である。講義中に具体的に質問していくつかのやりとりがあって非常に面白かった。講義後に(Derrida さんの学生の)Demien とその件についてさらにぶっとんだとこまで話までした。10年後はこのあたりかもな..。他の課題として、large deviation の摂動論があった(これは多分近視眼的問題)。先日、直接、説明したので、「あ、あなたがやったのは知っている、いい仕事だけどね。」と僕の顔をみながら(あわてて)補足してくれた。

さらに、最後の最後に黒板に書いたのは、「熱力学」の文字。「これは、professor ささの専門だけど、、」と前置きして、熱力学との関係がlarge deviation や非平衡統計の問題にとって大事であることを(かなり的確に)述べて講義がおわった。全く予期してなかったので、心底驚いた。[実際、熱力学と統計力学を区別して理解している人はそれほど多くないので、それだけでも驚き。]

夕方、Felix Ritort との会談。昨日と同じようにKomatsu-Nakagawa から説明していくが、彼の興味は large deviation ではなくて、熱力学っぽい話なので、(それで、どうした;それで、どうした...と)誘導にのっかって最新の話をかなり丁寧にしてしまった。実際、顔つきがかわったのは、できたてほやほやのクレームを書いたときだった。さらにその次の誘導もあったが、それには応えられなかった。(実は、昼ごろ考えていたのだけど。)なるほど、こうやって相手の情報をひきだすのにたけているのだな。(相手が答え切れないところまで、まっすぐ追求する。。理解力がはやくないとできないことだが。)

しかし、なんという偶然か。実は、こちらの午前、日本時間の夕方、関係者で「乾杯!」 をあげたばかりだった。関係者以外にはじめて喋ったのが、 Felix とはな。。(というか、声にだしたのは、Felix への説明が最初..。)

乾杯!の中身:ミクロな記述にたとう。たとえば、熱伝導なら熱浴まで含めてハミルトン系でいい。非平衡定常状態に対して、そのミクロ記述から一意に定まる量、S, U, F を順次定義していく。これらは状態に対してきまるただの数であり、たとえば、その状態を適切に定義された(T, V, J) によって指定することにより、S, U, F などを (T,V, J) の関数としてみることができる。こんなことは百人以上の人がやっているだろう。定義なんだから何でもありである。T だって(もちろん温度に対応するのだが)、非平衡定常状態なんだから何が適切なのかわからない。だから、ここまでは、面白くもなんともない。

驚くべきことに、「僕たちのこの定義にしたがうと、関わるすべての量を実験で決定でき、かつ、J=const に対して、dF=-S dT-pdV を満たす!」ことを(物理の議論の範囲で)証明できる。ただし、非平衡度の2次のオーダーまでの範囲に限定している。つまり、steady state thermodynamics のミクロからの構成ができたのである。

何を意味するのか。たとえば、この定義にしたがって、熱容量や圧縮率を定義していくとマクスエル関係式により、素朴測定量間の非自明な関係式をみちびく。この関係式は、線形応答領域を超えて(ただし2次までの範囲だが)成立する普遍的なものである。普通の巨視系では、線形応答領域を超えるのは難しいけれど、同様な定理は様々な非平衡定常系でつくることができる。うまく設定さえすれば、小さい系にだって適用できる。つまり、非平衡条件下での物性が問題となる系に対して、その統合的理解をあたえる唯一の形式になっている。

理論的にも意義は大きい。たとえば、Boltzmann 方程式の解析で非平衡度の2次のオーダーで分布関数や圧力などが計算できている(Kim-Hayakawa)。 僕たちの定義にしたがって、S, U, F, T をわりあてていって、dF=-SdT-pdV (with J=const) をチェックしたとき、もしこれが成り立っていれば、Boltzmann 方程式の記述が正しいことになるし、成りたってなければ、Boltzmann の記述が厳密には適用できないことになる。[熱伝導の場合、S はシャノン でなかったのだ。。あれは何年前だ。Kim さんに結果を教えてもらいながら、とりあえず S をシャノンだとして関係式をみようとしていていたのは。。]

つまり、線形応答領域を超えたところで何かをしようとする近似理論がみたすべき制限になる。熱力学に矛盾した統計の解析はだめだし、線形応答関係(=相反性や揺動散逸関係)に矛盾した平衡条件下のゆらぎの動力学の解析はだめである。それと同じことを「はじめて」線形応答領域を超えたところでつかまえた。ミクロに基盤をもつマクロな普遍的枠組みは強いのである。

このまま間違いがみつからなけば、SST-project が大きな山を超えたことになる。さすがに興奮したのか朝の4時すぎくらいに目がさめてしまった。強制的に少し寝てから、ごそごそと整理整頓をしていた。問題となりそうな点を丁寧に洗い出して、ひとつづつメールで確認していった。よし、大丈夫だね、、というので「乾杯!」になった。正直いって、涙がでそうだった。