金曜日

さぁてと、いよいよやばい。決戦は明日だ。

昨日も今日もまとまったことはできず、特に折角空いた時間に悩みの海に入ってしまったりので、どうしようもない。一つは、タイルの数値実験の結果の解釈が難しくて、あれこれ考え込んだり、参考となるjobを飛ばしてみたり。どうも有限系での見え方からの帰結についての考察に慣れていないというか、腑におちていないのだろう。計算時間が長引くにつれ迷いもましてくる。

結局、アイデア続行で様子見にした。今回の版では近似計算や数値計算は深入りはせずに、最初の遭遇程度に留めるつもりにしている。そうでないと、cavity 法だけでも膨大だし、確かな数値計算も膨大だろうし、それをやっていると第一弾がいつまでも出ない。ともかく転移があるだろうということを分かってもらえる模型の提案を3月中旬までに出す。(とは言っても、間違ったらアホなので、半端になるのは厳禁。筋だけはしっかり抑えないと。。)

このピュアガラスについては、8年計画を念頭においている。中々過激な8年だが、僕は気にいっている。4年分までは科研費申請書に書いたとおりだが、それがすべてクリアーされたとして、5−8年目が凄く楽しみ。。まぁ、まだ1年目に合格を打てるかどうかのきわきわだし、先のこと考えてにんまりしても仕方ない。

今日、池田研介さんに8年計画を喋ったら、「そんなの(=ピュアガラス)は短距離力ではない気がする。」「そんな課題は8年でなく半生をかけてやるもんや。」「まぁ、でも面白いわ。ええやんか。」と激励された。

池田さんは3年生のときの量子力学演習の担当だったが、僕はときどきしか参加しなかった。参加したときは(問題をあまり解いていないし)退屈なので、いちゃもんをつけていたくらいで、そのときはあまり意識になかった。(レポートは面白かったけれど。)僕が大学院に入ったときに、池田さんは物理のAから基研のPへ移動された。池田さんと一緒に議論しているグループは日本中にきわめて多く、物理教室でも金曜の夜に池田さんが来て先輩方と議論・セミナーをしていた。僕は、informalななれあいっぽい学問的な集まりを定期的に持つのが嫌いだったので、その会には参加していなかった。しかし、セミナーや研究会で池田さんと一緒になる機会は増え、自分の世界に引き込む迫力はひしひしと感じた。(皮膚に焼き付く理解をしないとダメだ、、と学生や院生に僕はよくいっているけれど、僕の理解の仕方が如何に浅いか池田さんに思い知らされていた。)

また、僕がD1からAまでいた机の前前任者が池田さんで、僕がAに着任したとき、ついでにそれまでの池田さんの荷物やごみを全部まとめて基研に送りつけた。そのとき、博士課程には、水口、青柳、藤本、樺島、茶碗谷、奥田、高見、神吉、市岡、修士過程には、堀田、紺谷、中川...がいて、池田さんを中心とする空気が一掃された頃だった。(以上、その頃よく一緒に遊んでいた人たちが研究者として今も活躍している。)「もう物理教室の敷居が高くて、いけんわ。」とぼやいていたのも聞いていた。酔っぱらったときに、いくつかの愚痴も聞いていた。(物理教室にずっといたかったんだが、.......とか。)

ばたばたしているときだったけれど、1コマだけ講義に出て、池田節を聞いて、昼食をご一緒すると、そういう場面があれこれと流れてきた。