日曜日

推薦書かき。Iwata-Sasa論文最後の赤入れ。

相加性原理をみたす摂動展開:余分な変数をいれて、摂動をくんだのちに、表現を絞る、というのは、ある種の摂動論では常套手段である。(特異摂動ではつねにこういう構造になっている。)今考えている枠組みでは、表現を絞るときに、相加性原理に相当する変分原理を要求することができるのである。形式を書き下してやると、ここまでは、かなり自明な話で、自明というのは物理がないので、なんのことかわからないもやもや感がある。具体例で計算して知見を蓄えていけばいいのだが、(計算手数も多いし)その前に考え込んでいる。

そもそも、特異摂動の場合でも、「表現を絞るステップ」については、(計算はできるし論旨も完全に理解しているが)、気持ちよくなっていない。蔵本さんや大野さんと長い議論をした箇所でもある。蔵本さんは、「そこは各論でしかないので、みたい物理に応じて、自分が好きに選ぶ以外に何もない」と言い切る。これはひとつの見識である。大野さんは、全く逆で、「そここそがくりこみ群の精神が発揮される箇所である」という。僕は、大野さんがいっていることに期待して色々な例で検討したが、今のところ、蔵本さんの立場に近い。
表現が簡単になる、という場合の「簡単さ」に普遍的な基準がある、という証拠がないのだ。ひとつの可能性として、摂動を改善していく速さがあるかもしれない。これは僕の手に余るので、検討しきれなかった。

今考えている摂動の場合、表現の選択が、ちょうど、局所部分の同定作業に対応するので、何かの物理があるかもしれない。あるいは、摂動展開が速いのかもしれない。(まだ、きちんと計算していないが、Derrida たちの例は、その摂動展開が有限で終わる場合に相当する感じになっている。)そのあたりがもう少し見えたら興奮してくるだろうな。