日曜日

今日の午前に町内会の仕事で出動した以外は、土曜と日曜は、伊丹君との論文と戦っていた。内容は古く渋いもので1980年前後に盛り上がったテーマであるが、パラドックスがあって僕には解けなかった問題を伊丹君が解いたというものである。

問題は極めて単純で、「オンサーガ係数が熱力学変数に依存するとき(=もちろん一般には依存する)、オンサーガ理論を正しく記述せよ。」という問である。20世紀(=15年以上前!)の集中講義でオンサーガ理論を解説したときに小松さんから質問され、5年くらい前の駒場での講義で根本さんに質問され、どちらも「できると思うけど、やってない」と答えていた。ゴチャゴチャするけれど、原理的にできないはずがない、と思っていた。実際、1970年代後半には著名人たちがそういう研究をしていて、90年代にはその解説などもでていた。僕はM1のときに印刷して目を通した記憶はしっかりあるけど、まぁ、どうみても「形式的一般化か」..と思って、深刻に考えてなかった。結果があるのだから、それを自然に導出するのは難しいはずがない、と思っていた。

ところで、最近の研究の延長にある自然な問題として、集団振動とか流体でのゆらぎの記述をやる時期になってきた。そこに向かうための第一歩として、まず平衡系の場合をきっちりやろうと思った。それでノートに向かったのが5月冒頭くらいである。これが全くできなかった。先行研究の論文たちも怪しいことも分かった。どうも矛盾が生じるようで、ひょっとしたら、ミクロとマクロの接続が微妙になっていて、ミクロな詳細に依存うるケースかもしれない、といったん放棄した。それで、問題そのものは伊丹君にも伝えていたのだけど、僕があきらめた後も伊丹君は少しづつ理解を深め、ちゃんと(一般化された)オンサーガ理論を構築できることを示した。より一般に、平衡条件にある系においてゆっくり変化する変数の完全な組があったとき、そのゆらぎを記述する非線形・マルティプリカティブランジュバン系の導出に相当する。

平衡ゆらぎの時間変化なので最近の研究ブームと関係ない。ゆらぎの定理がぁーとか、エントロピー生成がぁーとか、非ガウスがぁーとか、全然ない。それでも少なくともテクニカルには難解で、通常なら途中で崩壊するような話を綺麗に処理し、一般的な結果を得たのは素晴らしい。僕はこの結果の式も知らなかったのだが、先日、川崎先生の論文にそれが書かれていることを知った。ちなみに川崎先生の論文は70年代前半なので、グラハム、グリーン、ロス、ヘンギたちが活発に議論し間違った(あるいは不十分な)結果を提出する前に、正しい答えが提出されていたことになる。しかし、川崎先生の論文は大変難しくまだ中身を理解できていない。(恥ずかしながらその川崎先生の論文もM1のときに一度、10年前に一度、それぞれ目を通していたはずだが、その結果が頭に残ってなかった。)結果だけをみて、伊丹君のとほぼ(本質的には)同じであることを確認した。ただし、導出方法は全く異なる。川崎先生が使った非線形射影演算子という飛び道具は一切使わず、時間尺度の分離/中心極限定理/対称性 の物理的にはっきりした3点セットの前提をミニマムに使った初等的な導出である。大変気持ちがよい。

このような地味な研究は評価を受けるのが難しい。新しい発見でもないし、何が難しいのかも(ほとんどいないやった人以外)分からない。そもそも30−40年前にトレンドだった話なので時代遅れも甚だしい。それでもそれくらいのスケールで見て、例えば、35年前の一線研究者たちが見て、感心する内容であるのは間違いないと思っている。(僕の流体方程式導出は、森先生、ずばーれふ、まくれなんという50年−60年前の話の完成版として位置づけられる、というのと似ている。)ただ、地味な仕事だけするのは、社会的には苦労するかもしれないので、伊丹君には、トレンド的に「今、うける」だろう研究テーマの方をより強く勧めていたのだが.....。

さて、次は、いよいよ非平衡系における確率過程の創発に本腰を入れよう。古い話の整備が順次終わってきたので、やっと、とりかかえることができる。こうして真に新しい世界を切りひらけると、地味そうな話が実は決定的に大事だったと分かる − ということになる。